大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)1430号 判決 1997年2月25日

上告人

株式会社飯倉ファンド

右代表者代表取締役

小林達彦

右訴訟代理人弁護士

守谷俊宏

被上告人

宮田康男

外五名

右六名訴訟代理人弁護士

檜垣誠次

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人守谷俊宏の上告理由について

詐害行為取消権は、債務者の責任財産を確保し将来の強制執行を保全するために債権者に認められた権利であるところ、原審の適法に確定した事実関係の下においては、髙地偉子が上告人に対する本件連帯保証債務につき破産法第三編第一章の規定による免責決定を受けてこれが確定したことにより、上告人の髙地偉子に対する右連帯保証債務履行請求権は、訴えをもって履行を請求しその強制的実現を図ることができなくなったものであり(破産法三六六条ノ一二参照)、その結果詐害行為取消権行使の前提を欠くに至ったものと解すべきであるから、上告人において、髙地偉子が自己破産の申立て前にした財産処分行為につき、右債権に基づき詐害行為取消権を行使することは許されないと解するのが相当である。これと同旨の見解に立って上告人の本訴請求を棄却すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解に立って原判決を論難するものであり、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人守谷俊宏の上告理由

一 原判決は、「詐害行為取消権は、強制執行の対象となる債務者の責任財産を保全するために債権者に付与された権限であり、債務者に対する強制執行の準備行為として債権者によって行使されるものである……」(判決書一三頁)と判示し、詐害行為取消権が強制執行の準備を目的とする制度であるとの断定に立った上で、主債務者が破産法第三編第一章の規定により免責された場合には、詐害行為取消権は行使できないとの結論を導いている。

しかし右判決は、明治四四年三月二四日の大審院連合部判決(民録一七輯一一七頁、以下「明治四四年判決」という。)以来確立された民法第四二四条に関する判例法理に反し、同条の解釈を誤ったものである。

以下、理由を述べる。

二 判例理論における詐害行為取消権の法的性質

1 詐害行為取消権の法的性質について、明治四四年判決は

① 詐害行為取消権は、詐害行為の取消と逸出財産の回復を請求するものである(いわゆる折衷説)

② その効果は債権者と取消の相手方との間でのみ生じる(相対効)

③ 従って被告適格は受益者又は転得者のみにあり、債務者にはない

と判示し、右解釈はその後の最高裁判例でも基本的に踏襲されて今日に至り、確固たる判例法理を形成している。学説でも通説とされる(我妻など)。

2 これによれば、たとえば対象物が不動産の場合、詐害行為を取消して物件の登記名義を債務者に戻すことにより、それに対して強制執行をしていくことが可能となる。その意味で、たしかに詐害行為取消権を強制執行の準備として行うことは可能である。

しかし、詐害行為取消権が強制執行の準備に利用できるということと、その制度目的が強制執行の準備にあるかどうかは全く別の問題であって、判例は、以下に述べる通り、決して詐害行為取消権を強制執行そのものの準備のための制度とは考えていないのである。

3 まず、明治四四年判決は、右①〜③に加え、「民法は法律行為の取消を請求すると同時に原状回復を請求することを以て詐害行為廃罷訴権行使の必要条件と為さざるのみならず却て訴権の目的として単に法律行為の取消のみを規定し取消の結果直ちに原状回復の請求を為すと否とを原告債権者適宜の処置に委ねたるを以て此二者は相共に訴権の成立要件を形成するものにあらず。」と判示し、取消債権者の任意の選択により、単に詐害行為の取消のみを請求することも妨げないとしている。

これは、詐害行為を取り消すのみで財産回復の請求をしないことを認めるもので、詐害行為取消権が強制執行の準備行為であるという前提とは、論理的に両立し得ない。

4 次に、財産回復の請求をするとしても、同判決は、受益者及び転得者がいる場合「債務者の財産が転得者の有に帰したる場合に債権者が受益者に対して廃罷訴権を行使し法律行為を取消して賠償を求むると転得者に対して同一訴権を行使し直接に其財産を回復するとは全く其自由の権内に在り。」とし、たとえ転得者に対して取消権を行使できる場合であっても、債権者は、受益者を被告として価額賠償を求めることができるとしたが、執行の準備という観点からすれば、転得者が民法第四二四条の要件を満たす以上、受益者を被告に選ぶことは許されず、転得者に逸出した財産そのものの返還を請求しなければならない(転得者に価額賠償を求めることは許されない)はずである。

現に、大判昭和九年一一月三〇日・民集一三巻二一九一頁は、転得者を被告に選んだときには、逸出財産が減失したような場合を除いてその物自体の返還を求めなければならず、価額賠償を求めることは許されないとしている。

それにも拘わらず、受益者を被告として選択することを認め、これに対して価額賠償を求め得るとした右判例は、同条の制度目的を強制執行の準備と考えては説明がつかないものである。

三 現行の民法及び民事執行法の構造

1 そもそも、詐害行為取消権を強制執行の準備のための制度であると解するためには、それらが制度上リンクした関係になっていなければならないが、わが民法及び民事執行法の解釈上、とうていそのような関係を見出すことはできない。

2 まず、詐害行為取消権を行使するためには、被保全債権の要件として弁済期の到来は必要でないし、債務名義も必要とされていない。

したがって、例えば債務者所有の不動産が廉価売却された場合、被保全債権が将来の請求権であっても、詐害行為の取消をして財産の回復を請求することはできるが、その時点では強制執行ができないし、また回復された財産に対して別の債権者が強制執行をかけたとしても、無名義債権者には配当要求の権利すらない(民事執行法第五一条)。

3 反対に、弁済行為を取り消して金銭の取戻しをする場合や、価額賠償を求める場合、判例によれば、取消債権者は、当該金銭を債務者にでなく、直接自己に引き渡すことを請求でき(大判大正一〇年六月一八日・民録二七輯一一六八頁、最判昭和三九年一月二三日・民集一八巻一号七六頁)、仮に受益者が債権者のひとりであるとしても、各債権の按分額の支払いを拒むことは許されない(最判昭和四六年一一月一九日・民集二五巻八号一三二一頁)。

これにより、取消債権者は、平等主義をとる民事執行法では認められないはずの優先弁済を受けることができるのである。

このことは、昭和五五年に施行された民事執行法が、各財産の執行において配当要求できる者を従前より制限し、不動産及び債権に対する強制執行については原則として有名義債権者のみに(同法五一条、一五四条)、動産執行については先取特権又は質権を有する者に限定したため、弁済の取消し以外の場合にも妥当することになった。

4 詐害行為取消権が強制執行を準備するための制度であると考えるなら、このような結論は妥当でないであろう。

しかし、他方で、そのように言い切るためには、わが民事執行法が前提とする平等主義の原則に従い、取消権を行使したのち、各債権者が平等に配当にあずかるための要件や手続が条文上明確に規定されていなければならないはずであるが、そのような規定はどこにも存在しない。むしろ、今まで述べたことから明らかな通り、現行法上、両制度の間には明らかな断絶があるといわざるを得ないのである。

かかる法制度のもとで、詐害行為取消権が強制執行の準備のためのものであると断定することは到底できない。

5 そういう目で個々の判例を検討してみると、「債権者取消権は、債務者の一般財産を保全するため、とくに取消債権者において、債務者受益者間の詐害行為を取り消したうえ、債務者の一般財産から逸出したものを、総債務者のために、受益者または転得者から取り戻すことができるものとした制度である。」(前掲昭和四七年最判)などという一般論を展開したものはあるが、「詐害行為取消権は強制執行を準備するための制度である。」と断定した判決はないのである。

6 ちなみに、詐害行為取消権は強制執行の準備的制度であると明言するのは、ドイツ法の影響を受けたいわゆる責任説である。

この説は、詐害行為取消権制度と強制執行手続との間を架橋しようとするものとして高く評価されてはいるものの、①ドイツ法では詐害行為取消権の行使に原則として債務名義とそれが表示する弁済期到来を必要とし、強制執行に優先主義を認め、また執行認容の訴えという特殊給付の訴えを認めるのに対し、わが現行法はそれと事情を異にすること、②債務と責任、相手方の過失を問わない価額賠償義務などの理論的問題があること、等を理由に、わが民法の解釈としては受け入れられていない。

7 換言すれば、現行法上、詐害行為取消権制度と強制執行手続との間には埋めることのできない断絶があり(だからこそ責任説において『架橋』という評価がなされる。)、その構造ないし確定した判例理論(折衷説+相対効説)からは、詐害行為取消権を強制執行の準備的制度ということはできないのである。

四 免責との関係

1 問題は、民法第四二四条により詐害行為が取り消され、逸出した財産が取り戻されるとして、被保全債権が破産法第三編第一章の規定により免責されていることをどう考えるかであるが、免責は、債権者の責任を免れさせるのみで、債務そのものを消滅させるわけではないから、債務者に対する強制執行以外の方法で債権の満足をはかることは何ら免責の効力によっても禁じられていない。その典型は新得財産による任意弁済である。

2 ところで、詐欺行為の取消の効果はいつの時点から発生するのであろうか。

詐害行為と価格賠償額算定の基準時に関する最判昭和五〇年一二月一日(民集二九巻一一号一八四七頁)は、「…価格の算定は、特別の事情がないかぎり、当該詐害行為取消訴訟の事実審口頭弁論終結時を基準としてなすべきものと解するのが相当…」という結論に至る理由のなかで、「詐害行為取消の効果が生じ受益者において財産回復義務を負担する時、すなわち、詐害行為取消訴訟の認容判決確定時に最も接着した時点である事実審口頭弁論終結時」という表現をしている。

これを素直に読めば、詐害行為取消権の効果は、行為の当時に遡及するのではなく、事実審の口頭弁論終結時から将来に向かって発生するものといわざるを得ないであろう。とすれば、回復された逸出財産は、新得財産に類似するものであり、これを債務者の側で任意弁済に供することは何ら免責の効果と抵触しない。

3 また、本件での逸出財産は有価証券たる株券であり、金銭の場合と同様に、債務者が受領を拒否すれば、そのままでは債権者に打つべき手のない財産である。

したがって本件は、前掲大正一〇年六月一八日の大判や昭和三九年一月二三日の最判からすれば、取消により、受益者から債権者が直接逸出財産を受領すべき場合である。

4 このように考えると、被保全債権の債務者が免責決定を得ていることは、何ら詐害行為取消権の行使に影響を及ぼさないと言うべきである。

五 結論

以上の次第であって、詐害行為取消権を強制執行の準備行為と断定し、それを前提に、債務者が破産法第三編第一章の規定により免責を得た本件では取消権の行使が許されないとした原判決は、民法第四二四条の解釈を誤り、同条の解釈に関する全ての判例の理論的前提となる明治四四年判決に違反したものである。

この解釈の誤りにより、原判決は、民法第四二四条のその余の要件について全く審理をすることなく控訴を棄却するという誤りを犯している。

よって、原判決の破棄を求めるため、本件上告に及ぶ。

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